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一ツ木村の観音さま

 報恩寺に奉られている「十一面観世音菩薩」は、平安時代に造立された一木造りの仏像で、赤坂氷川神社をその由来としています。

 『江戸歳時記』にも出てくるその由来は、第62代村上天皇(平安中期)の折、現在の赤坂氷川神社の地に蓮林という僧侶がおりました。その僧侶の夢枕に老人が現れまして「我はこの土中にうづもれて久しく年を積もれるものなり。急ぎ掘り出して安置せしめばこの所の守護神となるべし」と告げました。慌てて飛び起きた蓮林は、急ぎお告げのあった場所を掘った所、十一面観音が埋まっていました。
 蓮林はお告げに従って、お社を建立し埋まっていた十一面観音をお奉りしました。この観音様が一木造りであったので「一ツ木村の観音さま」と皆に親しまれ、干ばつや大雨の災害の度に、民を助けてきました。

 赤坂の地で約九百年、民を助けてきた観音さま。
明治時代に発令された「神仏分離令」が引き金となり、民間に飛び火した廃仏毀釈運動により、打ち壊しの危機に見舞われました。が、観音さまを守ろうと、報恩寺、氷川神社双方の合意のもと、赤坂より野田へ観音さまが移されました。
 現在の東京都赤坂にある「一ツ木通り」の名は、この観音さまが由来となっております。

 第一次世界大戦、関東大震災、第二次世界大戦と多くの難を野田の地で乗り越え、2003年、早稲田大学・桜庭先生のご協力をいただき、平安時代の在りし日の御姿に近づけた状態に修復いたしました。